世にも奇妙な物語データベース

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奇数

放送回 2000年 春の特別編
キャスト 柳葉敏郎
脚本・原作

「樅の木台11丁目行」のバス停。
主人公は手持ちの書類の「樅の木町11丁目」の文字とを見比べて確認している。どうやら目的地らしい。
既に並んでいた6人の後ろに並ぶ。

タイトル「奇数」

やって来たバスに乗る一同。しかし、何故か全員右側の1人掛けの座席に前から順に座っていく。
近所らしいサラリーマン2人も親子連れも、左側の2人掛けには座らずに振り返って会話をしている。
「何それ?変だよねぇ?物事にはねー、順序ってものがあるんだよ」戸惑う主人公の後ろで携帯電話で話し続ける女子高生。
主人公は空いている2人掛けの席に座るが、その後ろも1つ席を飛ばして順番に座った。
「…あれ?」最後に並んでいた男が腑に落ちない表情。なかなか出発しないバス。
「早くしてよー、最悪」不機嫌そうに携帯で話す女子高生。「お母さん、あの人…」何か言いかける少年。
6番目の席の子供と8番目以降の客が、全員主人公をじっと見ている。慌てて7番目の席に座り直す主人公。
ようやくバスは出発した。
【evenNumber 0】

会話から、3番目と4番目(引っ越して来て1カ月らしい)の席のサラリーマンはお隣同士らしい。
「間もなく、樅の木町1丁目。樅の木町1丁目です」降車ボタンを押し、降りていく1番目の席の女性。
【oddnumber 1】

「樅の木町」の由来を語る3番目の席のサラリーマン。
「昔の人はね、樅の木で墓石の後ろの卒塔婆や棺桶まで作っていたんですよ」
「間もなく、樅の木町2丁目。樅の木町2丁目です」降車ボタンを押し、降りていく2番目の席の青年。
【evenNumber 2】

「お母さん、今日はお父さんに会える?」「そうね。良い子にしてたら会えるわよ」
5番目、6番目の席の親子の会話を聞いていると、「樅の木町3丁目」のアナウンス。押したのは3番目の席のサラリーマン。
「じゃ、お先に」「どうも」会釈をして降りていく彼。
【oddNumber 3】

怪訝な顔の主人公。先程の会話では彼らは「お隣さん」と言っていたのに…
「あんたさー、考え過ぎだよー。あんまり考え過ぎない方がいいんじゃない?」アドバイスの様な女子高生の携帯通話。
4丁目で降りたのは、やはり4番目の席のサラリーマンだった。
【evenNumber 4】

「樅の木町5丁目」のアナウンス。降車ボタンを押そうとした6番目の席の少年を「まだでしょ」と叱る5番目の席の母親。
そして自ら降車ボタンを押し、「じゃあね」と微笑んで降りる母親。降りた後も窓を覗き込んで少年に手を振る。
【oddNumber 5】

少年の前の席に人はいない。彼の席の数字は6…そして「間もなく、樅の木町6丁目。樅の木町6丁目です」
予想通り、駆け下りていく少年。
【evenNumber 6】

こうして1〜6までの椅子が空き、次は7丁目。「順序良く」の注意書きが目に付く。
主人公の背もたれの数字は7。後ろの人達は皆彼を見ている。
彼は降車ボタンを押した。吊り輪を触りつつ開いたドアに一度は向かった。が、迷った挙句引き返し、
誰も座っていない一番後ろの席(11番目)に座った。驚いた様な顔で彼を見る残りの3人…
しばしの沈黙の後、8番目の席の女子高生が立ち上がり、「勘弁してよ。何であたしなのよー」と電話で会話しながら降りて行った。
【oddNumber 7】

安堵の表情の主人公。
「間もなく、樅の木町8丁目。樅の木町8丁目です」
降車ボタンを押し、何か言いたげに主人公を見て降りていく9番目の席の女性。
【evenNumber 8】

乗客は自分と目の前の男の2人。主人公の目的地は終点の11丁目。
「間もなく、樅の木町9丁目。樅の木町9丁目です」
降りる時、男は一瞬じろっと主人公を見た。
【oddNumber 9】

主人公以外誰も乗客がいないバス。
彼は押していないのに、何故か降車ランプが押された。
10丁目のバス停で止まり、開くバスのドア…。
降りまいと座り込んでいると、運転手が振り返った。
思わず目を閉じて、顔を伏せる主人公。
しばらくして目を開け、諦めて降りようとした時、何と運転手が何も言わず降りて行った。
唖然とする主人公。そのまま10丁目で止まったままのバス…

コメントまとめ

おそらく私の頭が悪いせいか、まったく話の内容もオチもひたすら分からなかったです。どなたか解説者求む!!

俺も正直オチ不明w

旧あらすじの意見を読むぐらいしたらどうなんだ?

運転手はなにも言わないほうが不気味で良いじゃん

これ覚えてます(断片的ですが)。 全体を通じて、会話が少ない話で、 場面もバス内のみという簡素なもの。 しかしその中で起こる、ありそうな話。 運転手が降りなければ「偶然」 と言えたのでしょうけどね。 最後、無言で降りる運転手が絶妙。 まあ、ギバちゃんは徒歩で 帰ったんでしょうね(笑)。

たしか初めて見たのがこれだった。 妙に印象深い作品でした。

おそらく、冒頭の1を足すだけで奇妙になると言っていたので、乗客は偶然で運転手だけおかしかったのでは。

私の解釈的には、ラストをちょっと変えたい。 柳葉に向かって運転手が「降りないんですか」と問いかける。 柳葉は悩みに悩んだあげく「はい」と答えると、「そうですか」と言って運転手は前を向いてしまう。 柳葉が「偶然だったんだ」と安堵していると、運転手が降りていってしまう。 とり残された柳葉。

これはオチが読めました。

この手の感覚が俺の好み!

面白い!無機質な感じのストーリーにかなりの奥深さがある。 こういう作品もっとありませんかね?

動画があったらみたかった

スタッフロールのシーンでもまだ止まって いたのが笑えた

俺なりの筋通った答え書いておく。 7で柳が10へ行ったので奇妙の7が偶然になり10の偶然が奇妙になった。 7で女子高生がこっち見ないのは元々8だったから、OLがこっち見たのは元々9だったから、10の男は9になったのでこっちを見た。 11があるとすれば元々は運転手が降りるはずの奇妙だから10でこっちを見る。 99%これが正解だろ。

って事でこの話は奇妙な物語 9の女ってキャバ嬢かな?w タモリが1を足すだけで偶数は奇数にとか言ってるのはズレたのが元に戻ると偶数→奇数になるし奇数→偶数にもなるって事だろ。 もの凄い一瞬だが最初のバス停 道路側に1丁目その左側に11丁目が書いてあるから そこが11丁目じゃないの?っていうのは的が外れてる 終着が左側にあって次ぎの行き先が道路側1って事だ。

未だよくわからん。 偶然だと割り切るか、奇妙だと割り切れない、か・・・

○○町→樅の木町、ですね。 柳葉が7丁目で11番目の席へ移動した(1を足した)ため、8番目に座っていた女子高生が携帯電話で「何であたしなのよ、勘弁してよー」と話しながらバスを降り、それ以降9番目に座っていた女性が8丁目で、10番目に座っていた男性が9丁目で、10丁目に到着しても11番目に座りなおした柳葉が降りなかったので替わりにバスの運転手が降りてしまい、エンディングのスタッフロールでもずっと停車したままになっていました。 お話の冒頭でタモリが「1を足すと偶数は奇数に、偶然は奇妙に」と言っている様に、1丁目、3丁目、5丁目で降りる乗客は"割り切れない態度"でバスを降りていき、柳葉が座り直すことにより"1人足された"7丁目以降は、全員が割り切れない態度(座りなおした柳葉を暗に非難するような言動)で降りていっています。

是非見てみたいです。ヨウツベにも無かった。ギバちゃん大好きだし。

これ私は見たことないんですが、あらすじを読む限り「ショートショートの広場1」に収録されている斉藤肇さんの作品が原作ですよね?クレジット等は出たんでしょうか?

頭のいい人、きちんとわかるように解説してください。

面白い作品ですね。

乗客は10人(「偶数」)で、停留所も10丁目までで終わるはずだった。
だけど主人公が7丁目で降りず、11丁目で降りたいと思ったせいで、(1たして)「奇数」になってしまった。
それにひっかけて、今までは「偶然」ともいえた乗客たちの行動が、運転手が下りるという完全に「奇妙」な結果になった。

個人的見解だけど、これでタモリさんの言葉にも説明つきませんか?

つくったひと、発想がすごいね

2つ前のコメント、メチャわかりやすい。ありがとうございます。
偶然の「偶」を「偶数」、奇妙の「奇」を「奇数」て言葉に掛けてんのかな?
偶然のすぐ隣に、奇妙な世界があるってことを表してるんかな?

奇妙だ・・・
わかってもわかんなくてもおもしろいですね。

この話は2回見てようやく理解できた。世にも〜の中でも秀作の分類に入る非常に素晴らしい話。

私が小学生のころ、リアルタイムで見て、すごく印象に残った話でした。
柳葉さんは、せりふが全くなかったと思います。

さいこう!
なんかすきだこのさくひん

自分だったら、最後にバスを自力で運転して帰るな。

さいたま さんや、空白 さんたちの解説でよーく理解できたけど、結局作者は何を伝えたいのかな?

主人公が移動したせいで、

>>1が足されて今までは「偶然」ともいえた乗客たちの行動が、運転手が下りるという完全に「奇妙」な結果になった
>>1人足された"7丁目以降は、全員が割り切れない態度(座りなおした柳葉を暗に非難するような言動)で降りていった

ってのは分かったけど、だから何?って作者に聞きたい。

でも発想は面白いかも。
見る分には少し何か物足りない気もしますが。

だから何?
それがショートショートなのです。

私は観た事ないですけどストーリーを読む限りショートショートの広場でよんだことあります。

原作では、サラリーマンや女子高生達乗客の描写は無く、それ以外は↑のあらすじ通りで主人公が規則を破り、オチで運転手が降りちゃってバスが主人公だけ乗せて出発すると言う感じでした。

個人的にはたった数ページだけの原作を演出で見事名作に昇華したスタッフに拍手!

これよく見てたら発見したんだけど
10丁目に到着して、発車する時に看板が一瞬写るけど、それに11丁目って書いてあった。どういう事だ・・・?

とにかくシュールな作品
タモさんのセリフが意味深に感じ、
内容も最後はなるほどというかんじで終わった作品
オチが見えた人もいたかも分かりませんがね・・・・・
自分的には好みの作品です

個人的にはこの作品に深い意味は無いと思うけどなあ。
最後は柳葉しか乗客がいないのに勝手に停車ブザーが鳴ったことを考えると、常に誰かが降りなければならない変なバスに乗っちゃったっていう、ただそれだけの話じゃないかなあ。
タモリの発言はミスリードでしょ。
そういうシンプルさがこの話の面白い所だと思うんだけど…。

あわれですね…

>一番最初の映像で柳がバス停に立つが、
>そのとき書かれているのが
>1丁目と11丁目の柱だった。
>つまり最初から11丁目のところにいた。

というのは誤り。
「1丁目」と書いてあった白い面には「次は樅の木町1丁目」(次の停留所名)とあり、「11丁目」と書いてあった白い面には「行先 樅の木町11丁目」(路線名)とある。
つまり、残念ながらここには大きな意味も伏線もない。

内容に深い意味は無く、「シュール系」に区分けされているのも頷ける。

天才

運転手降りた・・・で、その後どうすんの。

冒頭のタモリのセリフ

「数字には2種類あります。
割り切れる偶数と、割り切れない奇数。
同じように、不思議なことが起こったときに、
これは偶然だと割り切れることと、これは奇妙だと割り切れないことがあります。
今からお届けするお話は、偶然なのか奇妙なのか皆さんに判断していただきます。
しかし、覚えておいてください。
1を足すだけで、偶数は奇数に、偶然は奇妙になることを」








話は少し難解ですが、この雰囲気は大好きです。
2回目見てからはこのセリフがすごい印象に残ってます。
(1回目はなぜか全く記憶になかった…)

最後に、割り切れない気持ちが残ったってことで。

私は好きです

オチはなんとなくわかったけどけっこうおもしろかった

この世界観、惚れた。

主人公以外は示し合わせた様に必然で動いてるのに主人公だけ「訳がわかってない、割り切れてない」から「奇数」ってタイトルなのかな?
バスの降り方のルールに、奇数は直接関係ないですよね?
最後のギバちゃんの呆気・・な顔がウケます。

「ルールに従って動いている人のほうがよっぽど訳の分からない行動をとっている」
ってことですかね
秀作ですね。

某所で判明した役名一覧。

一橋綾子
二村春彦
三田夏雄
四宮秋人
五木明子(先に降りた母親)
五木六男(↑の息子)
中田徹(主人公)
萩本治
久保洋奈(携帯かけていた女子高生?)
十山冬馬(運転手?)

ちょっと苦しい所もありますが、降りる順番がそのまま名前になっているっぽいです。

今までみたシュール作品では最傑作!
主人公がギバちゃんだったのは
きっと表情演出がウマいからだと思う!
世にもにもたくさん出演してるし!

バスのアナウンスの声が6丁目から怖くなっているのが印象的

プロローグ 「数字には2種類あります。割り切れる偶数と、割り切れない奇数。
同じように、不思議なことがおこったときにこれは偶然だと割り切れる場合とこれは奇妙だと割り切れないことがあります。
いまからお届けするお話は偶然なのか奇妙なのか、皆さんに判断していただきます。
しかし、覚えておいてください。1を足すだけで偶数は奇数に、偶然は奇妙になることを」

これは多分数字が絡んでいるせいで変に考えてしまう人が多いんでしょうね。
下のほうにある、割り切れない態度云々は一時期はこの話の真実かと思ってましたけど、よくよく見ると全然合ってないんです。
最初の女性は確かに、バスのほうを向いて変な顔をしてますが、それ以降の乗客は全員普通に降りてます。たとえばお隣さんと言ってた人も笑顔で降りて行きますし、親子のうちのお母さんも笑顔で子どもに手を振って下りていきます。つまり、割り切れない態度などとっていない。

さらに、主人公が移動した以降は暗に非難する言動とありますが、それをしたのは女子高生だけであり、あとの人は誰もしゃべってませんよね。
確かにギバちゃんのほうを見つめるという動作はありますが、別に睨んだりしているわけではない。

この話は、冒頭のタモリの言葉にもあるように、1を足すだけで偶然が奇妙になる、つまり、ほんのちょっとしたことでも奇妙な世界への入り口になるんだよというショートショートをしたかっただけではないかと。
主人公が降りる予定の場所がたまたま11丁目(奇数)だったがために、変なバスに乗ってしまったということだと思います。

こういう傑作だけどちょっと異色の物語は、
「行列のできる刑事」、「奇数」、「ママ新発売!」、「マンホール」など色々ありますが他になんかありましたっけ?
でもこれら全ては傑作または最高傑作のひとつですね。

偶数・奇数と掛けて 奇妙な世界と解く
その心は どちらも数(和:森田和義さんの)が付きます。無理があるな・・・

最後の落ちは”奇妙”で下が、どうもシュールで半ばが退屈でした

奇数と偶数やシュールなオチはあくまでマクガフィンであって
日本人特有の右に倣えとか型にはまる行列を作るって言う気質を描こうとしてるんだと思う

もうちょっとオチがおもしろければー

鹿児島の人みたい。何でもかんでも型にはめる。

説明的な台詞がなく、最初から最後までまさに「奇妙」で楽しめました。
観おわった後に残るうっすらとした不快感、たまらないです。
最近の作品は、どれもオチを求めすぎていると思う。

この作品を人の生死に結び付けることも出来る。
本筋でないとしても脚本家はわざとそう作っている。
個人的には、ただの奇妙な物語として観るのが最も正しいかと。

こんばんは。
何で3と5の奇数数字だけお祝いされるんでしょう・・・。
2や4がなんか可哀相です。

私は、奇数より偶数派です。

偶数とか奇数は関係なんじゃないの
奇数のひとだけ理解できない顔してるってみんないうけど
3番のサラリーマンも五番のママも笑顔じゃん

1番目の子のとまどいは自殺志願者だから
子供に「まだでしょ」「じゃあね」というのは 母が先に死ぬのが寿命的にみて
順番だから
子供がママに「今日はパパに会える?」ときいて
ママが「静かにしてれば会える」といったのはこれから一緒に死ぬから ママが首絞めるのを抵抗せずおとなしくしていれば
一緒にしねるということ(順番がずれるので 薬物で子供ねむらせて自分は首つりで即死したと推測)

2丁目の寡黙な男性も自殺のひと
三丁目でおりた笑顔の男性も自殺のひと
4丁目でおりたサラリーマンは「越してきてよかったと思ってます(天国に)」といってるので
後から自殺にきたサラリーマンってこと

もみのき町とはもみのきで栄えていた
もみのきとは棺桶をつくっていた
つまりこの もみのき町へいくバス全体が地獄いきのバスってこと
順番はあくまで死んだ順番を意味する

そして7番目がくるが
主人公の予定では11丁目まで長生きする予定だった

バスの席はもう7番目しかなかった

停車する7丁目のバス
でもまだ死にたくない主人公は自殺をおもいとどまる

残りの客や運転手が軽蔑の目でみるのは
自殺のためのバスなのにひとりが生き続けることを選んだから

しかたなく次の番となる人たち
女子高生や お姉さん やさぐれたおじちゃんが降りる

ひとりひとりバス停ごとに自殺していく
それが自殺バスの目的であり存在意義であった

しかし10丁目にきても主人公がボタンをおさず生きることにこだわるので仕方なく運転手がバスを自分でとめる
運転手はおりろと目で合図する
だが主人公は11丁目はおろか もうこのバスを降りたくはなかった どこのバス停でおりても もみのき町のバス停で降りることは
自殺を意味するからである

さいごまで生きて人生をまっとうしたい
自殺せず生きていくことをえらんだ主人公はねばり

運転手はとうとう自殺バスの最後の自殺者として自分が自殺したってことだとおもう

総評として
このバスは自殺するためのバス(もみのきが棺桶だから)

そして主人公はこのバスを自殺していくひとたちがのる
地獄いきのバスだとわからず乗りこんでしまったうっかりさんだ
と思う
自殺するのなら迷わず7番目にすわるべきである
お客が「あれっ?」と言うのも
バスが発進しないのもそのせいである
・つまり自殺バスに「偶然」のりこんじゃったのが主人公で
元々自殺する予定だったお客たちが彼を奇妙におもったってこと

全員自殺する予定でのりこんだ道に
ひとりだけまだ生きていくかどーか迷ってる普通の青年が混入した
そういうお話だとおもう

順番どおりじゃないから奇妙だとかじゃないとおもう

元々全員自殺予定のバスのなかで
ひとりだけ予定してないふつうの人間が「偶然」迷い込んだことが
その自殺志願者の乗客たちにとっては「奇妙」にうつったってこと
だと思う

はじめに違う席すわって変な目で見られたり
7番目に自殺するはずだった主人公をみながガン見したりするのは
そのせい

順番通りじゃないから奇妙なのではなく
全員自殺するバスで自殺しようとしない主人公の存在じたいが
奇妙ってことだと思う

「越してきてよかったですー」「おとなりさんには優しくしないとね」
というのは 一緒に自殺する仲間として
自殺する先輩として あとからやってきた新参モノに優しくしてる
にすぎない 同じバス停におりないのはそのせい

主人公が最後とりのこされてバスが動き出さないのは
運転手がいないためと
この先11丁目いったところで地獄だから

今後主人公はいきるために10丁目で降りて歩いてもいけない
11丁目にバスを走らせても死ぬ
バスをあやつり来た道をもどりバスターミナルまでもどり
生存するために
現実世界行きのバスにあらためて乗るしかない

最後にバスが動かないのは主人公が今後いきていく道をえらぶため

バスの乗客が順番通り降りて行くのは、
偶然なのか奇妙なのか。
不審に思いながらも目的地まで乗り続けていると、
目的地に到着する前に運転手まで降りてしまった。
という数にまつわる奇妙なお話。
って事でしょうこれは。
色々深読みをさせるストーリーだけど、
それ以上でも以下でもない。
最初のタモリさんの語りは正にこのお話にぴったり。

これ面白かったギバちゃんの顔の演技おもしろい

色んな解釈があると思うけど、個人的には自殺というより単に死人があの世に行くためのバスだと思う 各バス停は棺桶になっててバス停での降車は各棺桶に納まることを意味しており、故に1人ずつしか降りられず、逆に空の棺桶があってはダメ(あの世のルール)だから毎回1人降りる (そう考えるとサラリーマンは棺桶でのお隣さん同士になる) で、主人公はほぼ致命的な事故か何かでもう死にかけてるんだけど、本人は突然の事で死んだ自覚が無いから状況をよく分かっておらず、偶然その変なバスに乗り込んだと思い込んでいる 要は主人公の臨死体験のお話ではないだろうか

10丁目の偶数で乗客が全員降りてれば偶然だと
解釈されかねないが
11丁目の奇数で降りる乗客がいたから
バスの運転手が降りるシーンまで見てしまい
これは奇妙な話なのだと視聴者はわかった

途中に同じようなコメントあるけど、
この話は確かにこれ以上でも以下でもない、
だからこそ奇妙で面白い話だと思う
深読みしてる人はただホラーな話にしたいだけじゃ…

そもそもどうみても奇数って漢字みて思いついた話だから
死後とか関係ないしまるで伏線もないドヤ顔恥ずかしすぎる
↓2の解説は見事としか言い様がない

ショートショートであったな、最後は運転手がいないバスが何故か走っていく

↓3の解説すごいな感動した

↓4の解説はすばらしい、前説も踏まえやっと腑に落ちた。
とはいえ、仮に柳葉さんが7丁目で降りていても、一丁目分
後で降りたお隣さんたちと親子らしき人のなぞは残るから
奇妙な話ではあるのだが。

結末マジワロタww

おもしろいが、みんな考えすぎです。

自殺というかまぁ、あの世行きのバスなのかも

冒頭「永代バス」っていう標識が何となく、永代供養とかそういう系の連想させるし。

モミの木の話も死に関する話とか、なんとなくそういうのを暗に示したのが多いしね。

原作は星新一ショートショートコンテスト応募作品。
かなり改変している。

原作では、始発停留所を出発する時点で客は主人公一人。
主人公は最後のバス停で降りる予定。

しばらくのあいだ、バス停に停まるたびに一人ずつ乗ってくる。
途中から、こんどは一人ずつ降りていく。
つまり、始発の停留所を除くと、ここまでバス停の数は偶数。

ここで、バス停の数はあと二つ(だったと思う)。

このあたりから俺の記憶が曖昧(笑
原作では、「奇数」であることが単に奇妙だというだけでなく
2で割り切れないということが意味を持つ内容だった。

しかし、どうしても思い出せない。
ああもどかしい。

単純に奇数なら死んじゃうし偶数なら死なないってことじゃない?

↓なるほど、理解しました。その解釈によると、主人公は11の奇数で、死んだ人という解釈になります。ということは、運転手の降車は、主人公の姿が見えていなかったということを提示しているのでしょうか。主人公が見えていない→死んでいる。この場合、いろいろ辻褄を合わせるのが困難です。
物語の展開が続く場合、運転手不在のバスが発車して、主人公事故死ですかね。

自分も↓の人に全面同意。実際に観ればわかると思うけど、この作品はホラーとしては描かれていないと思う。(もちろん解釈は人それぞれで良いと思うし、それも含めて作品の魅力だと思うけど)コメディでもホラーでもサスペンスでもないにも関わらず、最低限の尺と構成要素で奇妙な物語として仕上げているという点に、作家のミニマリズム的美学を感じる。変化球ではあるけれど、個人的には世にも中でも最高傑作の一つだと思う。

タイトルは奇数
奇数で降りる人が死ぬ人
偶数で降りる人が生きる人
それを知らないのは主人公だけ
奇数と偶数で話してる人たちの会話もそれを頭に入れて聞くと別の意味が見えてくる
主人公は生きる最後のチャンスを逃して作品が終わる

これ凄い好き

死後の世界とかいってるやつらが頭悪すぎて笑う

こういう、奥深い話はいいですね。

「運転手が降りる」って、・・・あっけにとられた。
あと、上の「〇〇」は、「樅の木町」でしたね。

超傑作
これを理解できない人は、何から何まで口で説明しなきゃいけない人?

運転手迄降りたのなら主人公も一緒に降りれば良いんだよ。バスはその侭放置ね。作法の厳しいバスになんか乗りたくないけどね

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